気になる木になる。
24 Nov 09

現代は地域共同体と会社という二つの世間の安定が壊れた。「世間と神は弱い個人を支える役割を果たしていた」という。だから、よりどころを失った日本人は、なお安心できる何かを求めている。テレビの仕事をしている鴻上尚史は、いまのお笑いブームに「共同体の匂い」への指向を読み取っている。

「お笑い番組が隆盛なのは、「笑って嫌なことを忘れたい」という理由が一番でしょうが、同時に、「他人と同じものを笑うことができる」という「共同体の匂い」に惹かれているからだと思います。 私は孤独じゃない。私たちはバラバラじゃない。なぜなら、同じものを見て、一緒に笑える人たちがいる。同じものを見て、腹から笑える人たちの中に自分がいる。それは「共同体の匂い」です。そして「共同体の匂い」を呼吸することは、人を安心させるのです。」

著者が言うように、インターネットの一番の肯定面は、自分で「共同体」を選べること、複数の共同体にゆるやかに所属すること。そこに著者は可能性を見る。「空気嫁」というジャーゴンがあるように、ネットのコミュニティにも濃密な空気があるが、複数のコミュニティに出入りができるなら縛られないという考え方もできる。

ただ、昔のコミュニティというのはひとつしか属せなかったはずだ。そうした閉鎖的な空気と、ネットのゆるい空気はまた別物かもしれないとも思う。空気というフレーム自体が進化するフェイズを迎えている気もする。いや人間はそう簡単には変わらない?。情報アーキテクチャーと同時に考えるべき重要なテーマだと思う。

空気と世間という伝統的な視点を、同時代の文脈で見事に読み替えていて、大変に面白く読む価値のある本だった。

情報考学 - 「空気」と「世間」 (via yellowblog)
24 Nov 09
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indieporn: Nue…. (Eloge De La Fesse)

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12 Nov 09

121 名前:無情男[] 投稿日:2008/12/02(火) 15:33:08 ID:W0s8u+Zq
東京で単身赴任してたとき、連休とかにはいつも嫁が来て、家のことなどしてくれていた。
母にも、たまには東京来いよと言ってたんだけど、人混みが苦手だと決して来なかった。

そんな母が脳梗塞で突然死んじゃって、呆然としたまま遺品を整理していたら、
東京のガイドブックが出てきた。
皇居とか、浅草とかベタなところに一杯赤鉛筆で線引いてあって、何度も読み返したらしく
ボロボロになってた。

親父に聞いたら、行きたかったんだけど嫁の方ががいいだろうって我慢してたんだそうだ。
自分は肉が嫌いなくせに、俺の好きそうな焼肉屋とかにも一杯線引いてあって、
俺と一緒に回るのを夢見てたみたい。

俺は、お義理で誘っただけなんだけど、誘われた後は何回も何回も息子が来いと言ってくれたと
喜んでいたらしい。
一緒に行きたかった場所には、俺の名前が書いてあって、それがたくさんたくさん書いてあって…

死に顔を見たときよりも、葬式の時よりもすっごく泣いた。
田舎に戻った今でも、生きてる間に呼ばなかったこと後悔している。

ガイドブック 続・妄想的日常 (via iyoupapa) (via petapeta) (via yaruo) (via gkojax)
10 Nov 09

佐藤 今、マルクスがまたブームになっていますよね。私は、この傾向は危ないと思っているから、あえてマルクスの基本的作品をとりあげました。

立花 危ない?

佐藤 そうです。ナショナリズム運動も同様ですが、共産主義運動は、二流の知識人、あるいは二流のエリートがやる運動だと思っているんです。二流の知識人、二流のエリートにとって、ナショナリズムや共産主義は、一流のポストに上がるための、とても便利な道具なんです。そういう連中が高いポストに就いても、質が落ちるだけで、権力の暴力的な構造は全然変わらない。それに対する耐性をつけるためにマルクスのテキストの腑分けをする能力をつけておかないといけない。

立花 マルクス主義の正しい部分と、誤っている部分とを腑分けする、と。

佐藤 そうです。それができないと、新自由主義が進んで、社会がガタガタになる。そうすると今度は、ちょっと形を変えた共産主義運動が出てきて、日本の国が混乱に陥る。私はそれが嫌なのです。だから、マルクスの内在的論理をつかみとって、どこが優れているか、どこがイカれているか、ということをテキストとして読み取れるようにしないといけないわけですよ。

 » 立花隆・佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方』を読む [さまざまなデザイン] (via beso) (via nemoi) (via kml) (via tessar)
08 Nov 09

うちは父子家庭だ。
母は、わたしが生まれてすぐに亡くなったので、記憶も無く写真もあまり残っておらず、
普通の母娘に憧れを抱いていたこともあった。

そんな話を男友達に酔った勢いで話してしまったら、

「家に帰ったらお父さんの顔をよく見てごらん。それから鏡で自分の顔を見てみなよ。
お父さんに似ていない所があったらそれは君のお母さんの顔だよ。
そしたら毎日お母さんと会えるよ。」

涙が出た。
彼の優しさとこんな事にも気付けなかった自分がくだらなくって。そしたら、

「でも自分が悲しい顔してるとお母さんも悲しんじゃうからね。笑顔で会おうよ!」

惚れてまうやろ!!!

続・妄想的日常 - 笑顔で会おうよ (via konishiroku) (via wideangle)
08 Nov 09

結論としては読んでおく本だと思う。
世にあまたあるやっつけ経済本とは本質的に違うと強く感じた。

一冊を通じてポピュリズムが皆無である。“人を大事にしよう”とも“良い世の中にしよう”とも言わない。徹頭徹尾“日本の効率を改善するには何が問題で、何をすべきか”を論じている。池田信夫は世間に良い人だと思われなくても構わないらしい。だから一切ためらいながない。

しかしながら「俺の言うことが分からないヤツは馬鹿」と言わんばかりの文章には何度もイラッとさせられる。まあ確かにボクとはデキが違うのは事実なのだが、人は馬鹿扱いされると、しかもそれが事実であるほどムッとするのだ。

このレビューを読んでいる人はおそらく池田信夫のブログも愛読しているだろうが、実はあのブログでは情報が断片で与えられるがゆえに、余計にそういうイライラは強かった。むしろこの本で、弱者を放置していいと考えているわけではないことが分かって少し安心した。問題にしていたのは“やり方”だったらしい。

さて、不愉快な本である。がしかしボクは多分池田信夫の次回作を買うだろう。気分は悪いが頭の良い人間が時間をかけて集めた情報を整理して開陳してくれるのだから意味は大いにある。感情を理性で乗り越えて読むだけの価値がある本なんてそうあるものではない。

ボクは著者に以前からひとつ問いたかったことがある。とある高校の野球部で「どんなことをしてでも甲子園で優勝しよう」とチーム全員で誓ったとする。優勝のために結局全メンバーを入れ替えて目的を果たした場合、これを成功というのだろうか? 何というか彼の話はとれも理路整然としているのだけれど、そういう閾値みたいなものが欠落しているような気がする。マクロの話は人が生きる話とは永遠に整合しないのだろうか?

Amazon.co.jp: 希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学のCropleyさんのレビュー (via tsuda)
07 Nov 09

AK-47にはガタが多い

世界の兵士に愛用されるAK-47 というライフルがあって、AKは、部品どうしのはめ合わせは遊びだらけで、部品はどれも、けっこう重たい。

見た目の精度感みたいなものとは無縁なんだけれど、AKはその代わり、ガタが多いからホコリに強くて、どんな状況でも、少ない手入れでよく動く。部品が重たいから、銃弾を動かす力もそれだけ強力で、弾が少々凹んだぐらいなら、AK-47は、弾詰まりを起こすこともなく動作する。

AK-47の「ガタ」とか「重たい部品」は、それを設計したカラシニコフに言わせれば、最初からそういうように作ってあるものなんだという。これをたとえば、より精密に「改良」したところで、改良されたその製品は、たぶんオリジナルより悪くなる。そこにどうしてガタがあったのかを考えないで、「前より厳密」を、無批判に「いいことだ」なんて努力する人たちには、AK-47 は一生かかったって作れない。

厳密を、単純に「いいこと」なんて断じると、AK-47はたぶん、砂粒一つ噛みこむだけでで動作を止める。「厳密に改良された」ライフルで戦って、兵士がみんな、動作不良で殺されたところで、努力の好きな人たちは、「やるべきことはやった。しかたがなかったのだ」なんて、満足そうに敗北をふり返る。自分たちのせいなのに。

うまく回ってた何かに「無駄」を見つけ出して、それを「改良」したとのたまって、むちゃくちゃになった現場からは目をそむけつつ、勝利宣言して尻まくる人たちって、幸せそうだなといつも思う。

ガタがあるからうまくいく - レジデント初期研修用資料 (via burnworks) (via rm233) (via otsune) (via lovecake) (via petapeta) (via babie) (via joker1007) (via saya) (via hanemimi) (via deli-hell-me) (via yuco)
07 Nov 09

今後、サブプライム騒動のようなバブル崩壊を何度起こそうとも、先進国で高齢化が進む限り、「世代間金融」を行うための金融は、益々発展するだろう。米国の年金ファンドは、今も国際金融の主要なプレイヤーだし、中東のオイルマネーも、次世代の為の運用に他ならない。また、今後は、高齢化が加速する中国が、貯め込んだ外貨の運用に乗り出すことになる。老後の資金の運用という急増するニーズに応えるため、金融は、益々重要になっていく。

もともと金融というのは、運用などは特にそうだが、少数の優秀な人で行ってきたものである。それでも、高度成長期には、株のブローカーや、支店で預金を集める銀行マン、生保レディなど、調達面である程度の技能をもった大量の人員を使ってきた。しかし、今は、株の取引、預金など、その殆どが、ネットでできてしまう。いまや、この産業は、天文学的な高給をとるごく少数の優秀な人と、その人をサポートし事務をこなす人だけで発展していく。逆に多くの人数をかけると、グローバルな競争に勝てなくて発展できない。つまり、金融業というのは、雇用面において、中流を減少させ格差を拡大する傾向がある。

格差と産業構造 らくちんのつれづれ暮らし/ウェブリブログ (via mzdakr) (via otsune) (via ittm) (via ipodstyle) (via yaruo) (via deli-hell-me) (via yuco)
03 Nov 09

アイデアだけでも世界を変えられる

 インターネットによって可能になったビジネスモデルに、大規模に個人同士が取引するための「プラットフォーム」を提供するというものがある。eBayやYahoo!オークションのようなオークションサイト、Kivaやmaneoのような個人間ローンのサイト、単発の小さな仕事を仲介するoDeskやAmazon Mechanical Turkのようなアウトソーシングサービス、あるいは自家用車を複数人でシェアしたり、個人間で貸し借りするCaFoReようなサービス、そうしたものが数多く登場している。すべてに共通するのは、インターネットによるトランザクションコストの劇的な低下によって、はじめて可能となったビジネスモデルということだ。それまで互いに発見が不可能で売買が成立し得なかった個人間で、あらゆるモノ・サービスが取引されるようになりつつある。

 この文脈で考えれば、AirBnBは必然的に登場してきたサービスと言えそうだが、私が知る限り、日本にはまだこうしたサービスはない。私はここに大きなビジネスチャンスがあると思うと同時に、日本が直面する問題も感じずにいられない。

 前出の個人間ローンサイトのmaneoは、もともと都市銀行に勤めていたエリートビジネスマンと、法律の専門家が立ち上げたベンチャーだが、それでも前例のないビジネスであるために関連省庁との調整に2年半かかったという。日本でAirBnBのようなサービスを正攻法で立ち上げるには、下準備にいったい何年かかるのだろうか。過剰なコンプライアンス要求のために、従来の法規制や商習慣に外れたことをやろうという気概のある若者が出て来にくいということはないだろうか。

 もう1つ、AirBnBの創業者2人と話していて感じたのは、PHPしか書けなくてもITで世界にインパクトを与えるサービスが作れるという事実だ。AirBnBの2人はアイデアを証明し、ベンチャーキャピタリストから投資を集め、今はRailsハッカーを雇い入れてWebサイトを開発・運営している。世界を変えるのはアイデアであり、新しいビジョンを持った人々だ。そうした人々が純粋な技術者である確率は、今後どんどん低くなっていくのだろう。

 ともあれ、今後、海外出張や海外旅行を予定している読者の皆さん、AirBnBで「人間らしく旅して」みてはいかがだろうか?

ネットで部屋を貸し借りして“人間らしい旅”を - @IT

友人の西村さんが書いたムチャクチャ素晴らしい記事だ。アットマーク・アイティは彼みたいな記者を抱えていることを誇りに思うべきだよ。

どこかの企業がなんちゃらっていう製品をつくったなんて速報はもうアキアキだからさ、こういう誰もが経験できない体験談とその個人固有の資質から出てくる考察が読みたいんだよね、僕らはさ。

(via kashino)

(via mootoh) (via ku)

03 Nov 09

言葉は殴ぐってもいないのに人に涙を流させ、

百メートルを全力疾走したように動悸を早くし、

腹が痛くなるほどに笑い転げさせる力を持っている

のでございます。

日 記 (via keyboardmania) (via uessai-text) (via naimono) (via yellowblog)